2週間の日々

 

仕事を辞めて2週間が経った。これで私も一端のニートである。

といっても、あまりニートとしての実感がなく時々「ニートじゃん」などと言われると強いショックを受けたりしている。出来れば私はニートという言葉でなく「働かずに生きる」という言葉を用いたい。

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が、しかし、世の人々から見れば私は揺るぎないニートであり、定義からみてもニートである。信念の強い私でも、ここは曲げざるおえない。一端のニートだ。(しかしやはりこのblogではニートではなく「働かず生きる」という言葉を用いたい。好きにさせてくれ)

 

働かずに生きはじめ2週間も経つと、大体日々も規則だったものとなる。

例えば、私は両親と「仕事を辞めたら次のルールを守ること」という約束をしていた。

1:平日は午前中に起き、深夜になる前に就寝すること

2:平日は必要分の昼食を作ること・家事をすること

このルールにくわえ、自分に課している「一日1ゴール」というルールもある。これは、毎日何か一つ目標をたて、それを達成しなければならないとするものである。ゴールは目標達成という意味だ。

例えば「この本を読む」であったり「この手続きを終わらせる」や「このページまで勉強をする」といったことである。些細な事ではあるが、こうした目標がなければ日々は秒で砂と化す。たいしたことではないが、精神的にとてもよいので助かっている。

仕事を辞めて体に変化があるか?といえばYESだ。

辞めてから断然体調を崩しやすくなった。元来、身体が軟弱なので高校の友人などからは「佐々木は痛いところがない」と言われていた。しかし、仕事を始めてからは緊張やプレッシャーから体調を崩すことはめっきり少なくなっていたのだ。それがやはり、なにもなくなったので、露骨に元の軟弱死にぞこない野郎と化した。このたった2週間で二日間も寝込むという失態である。体調もあるが、精神的にまったく動けないという日もあった。これには困っている。

とはいっても時間がたくさんあるので、親しい人と触れ合う時間が増え人間関係がよくなったのは大きい収穫だった。会話が少なくなっていた母ともよく会話をするようになった、友人とは「呼ばれれば行く」の精神がさらに悪化してもはやコンビニぐらいカジュアルな存在となっている。恋人にも心配をかけたり、負担が少なくなったのでさらによい関係となっている。

こうして過ごしているある日ふと、懐かしい気持ちになった。

私は以前にも、似たような時間を過ごしたことがある。

中学生1年生の頃、私は中学生ギャップに陥り、少しの間不登校となった時のことだ。中学生ギャップとは大きな環境の変化についていけなくなるというものである。もともと、環境よりも人間関係の変化に上手く対応できない私は、あっという間に不登校となった。

その時間を私は「黄金の午後」と呼んでいた。まさに言葉の通りだった。

「黄金の午後」の間、私はたくさんの本を読み、水彩画を描いた。毎日最低でも2本は映画を観るのが日課だ。重度の不眠症だったため、深夜に寝て太陽が一番高いときに起きた。毎日が午後と夜で出来ている。当時は気が狂うほど苦悩し、現実逃避し、逃避する自分を許せず泣いて過ごした。愚かな行為、取り返しのつかないことをする自分が許せなかったのだ。でも、どうすることもできなかった。

当時は灰色で真っ暗な日々だったが、振り返ると、あの日々、あの毎日は今の私をつくるに必要不可欠な日々だったと思う。かけがえのない、何物にも代えられないあの日々は、まさに黄金の価値がある。

「黄金の午後」以来、私は人生の休暇があってもいいと思っている。会社や学校から与えられる休暇ではない。自分が自分に与える休暇である。その休暇の間は、すべての責任・シリアスな現実・不安な将来と向き合わなくてもよい。ただただ、自分を豊かにするためだけに過ごす時間だ。その時間は端から見れば愚かで、取り返しのつかない時間のようにも見えるかもしれない。でもお構いなく、自分のためだけに過ごしているのだからそれでいいのだ。私たちはすべからく愚かで、取り返しのつかない時間を過ごす権利がある。そしてそれは確実に、豊かな時間になるはずだ。

いまの私は「黄金の午後」の続きをしている気がする。日々豊かになり、生きる活力が湧いてくる。毎日日光浴をしていると、このまま死んでもいいとすら思える。なんて素敵な日々だろう。

しかし午後はいずれ夜となる。そして夜明け前が一番暗いものだ。この午後が過ぎたら、どうなるかは想像できている。それまではこの午後の続きを、紅茶とビスケットと共に過ごすつもりだ。